激変する「メディアの常識」

投稿者:nakajima 投稿日時:木, 2021-06-10 12:05

 全仏オープンテニス、試合後の記者会見を拒否した大坂なおみプロ選手をめぐってはいろいろな意見で揺れているが、インターネットやSNSの発達によって、既存メディアの価値が大きく低下している現実を見せつけられたことも見逃せない。既存メディアの側は専門の記者が記者会見場と言う独占的な場所で取材する特権を当たり前のこととしていた。既存メディアがファンとの橋渡ししているのだから記者会見に応じるのは選手の義務である。大会開催者もメディアをコントロールするに記者会見を主催するのが効果的なので最大限重要視してきた。それが崩れつつある。
 ある有力全国紙の購読勧誘員が自宅に訪ねて来た。結婚以来40年近く購読してきた愛読紙だが、報道姿勢に疑問を感じて、10年程前に購読をやめていた。古い記録を基に再購読の勧誘作戦を展開しているようだ。その勧誘理由に驚いた。「販売数が激減しているので、困っている。何とか購読を再開してくれないか」という。
 紙の新聞の発行部数が減少しているのは知っていたが、どれほどなのか。ネットで調べると、かつては900万部ほどだったと記憶するその部数が、2020年、公式発表で500万部を割り込み、業界のうわさでは、強引に販売店に持ち込む「押し紙」を差し引くと21年では350万部ほどではないか、という。他の有力紙も減少スピードは同様らしい。
経営を維持するのも難しい。休刊、廃刊、統合など、厳しい現実が待ち受けているだろう。
 筆者が現役の記者のころ、インターネットが登場し、新聞記事より早いネットニュースの登場が激震を起こした。新聞社内部の抵抗を押し切ってネットワークによるニュース配信を推進していた筆者らはもっと大きな「業界の壁」にぶち当たった。筆者の属していた会社も含めて、新聞社側は記者クラブへのネットニュースの記者の出入りを禁止し、かつ、発表主体に対し、ニュースリリースをネットに流す時間を大幅に遅らせるように要求した。今から思えば笑い話である。そうした強圧的な態度で変化を押しとどめられると錯覚していたのである。
 大坂なおみ選手の記者会見拒否の背景には、SNSへの投稿でファンとの交流が十分に果たせる、というメディア環境の大きな変化がある。メディアは好意的な報道をするばかりではない。読者の関心を引くために発言を意地悪く解釈し、時には悪意を感じさせる批評を加える。それに対する反論の機会などは許さない。客観的な指摘が当を得ていることもあるが、読者にうけるためにあえて辛口の批評をする傾向は否定できない。自分の感情を直接表現できるSNSへの投稿の方を重視するのは自然の流れだろう。
 これまでの慣例を破り、記者会見を無視し、SNSを重視したトランプ米国大統領の例もある。勝手放題の投稿で暴動まで誘発させたため、大手SNSから投稿を禁止されてしまって、SNSの課題も表面化させた。
まだ、テレビの影響力は残っているが、これもいつまで続くか。
 大坂選手の引き起こした波紋は、底流にある大きな常識の変化を反映したものだ。社会がどちらに向かって変化しているか。変化の原動力である「情報化」を担うJASPAのメンバーもそれを見誤らないようにしなければいけないのではないか。