静岡県ソフトウェア事業協同組合 株式会社富士フォーチュン代表取締役社長 桜井俊秀様

会社を設立されたきっかけや現在に至るまでの苦労された点をお教え下さい。

昭和48年に親族の経営する企業に入社し、中途で当時設立された当社の前身の桜井テクニカルサービス㈱に転籍し、ちょうど取扱いを始めたばかりのオフコンによる地元静岡の中小企業向け業務アプリケーション開発に携わったことがきっかけです。

設立当初は、親会社がグループで経営参加していた地元の計算センターの役員に指導を受け、受託型の計算センターと住み分ける形で、地元企業を対象にしたオフコンの販売に合せてソフトウェアも自社で開発する体制をつくることから始めました。当時は未だ「ハードウェアありき」の時代で、ソフトは添え物という感じが否めない時代でした。


ただ、良くも悪くも、ソフトハウスではない会社が始めた事業ですから、見よう見まねの所が多い反面、自分も機械工学の出身であり、機械設計や海外折引きを始めとする資材手配や販売など、入社直後から様々な体験ができたことが幸いして、業務アプリケーション開発については、ノウハウの蓄積が比較的早くできました。

しかし、急速なコンピュータの進歩を意識し、常に時代の先取りに心がけてきました。即ち、まだオフコンが全盛の頃から、ユーザーの望んでいるシステムを実現するには、よりコストパフォーマンスの良いPCへの移行が必要であり、PCであっても一人に一台の時代を予見し、ネットワーク化が必須とみて、PCネットワークによる業務アプリケーション開発を急ぎました。

その後、SSAでの出会いがきっかけとなり、同業の会社と平成4年に共同出資で㈱富士フォーチュンを設立し、両社の業務と社員を引き継いで現在に至っています。この間に誕生したのが、地元お茶問屋さん向け統合システム「茶ばしら」でした。その後も、企業のニーズを幅広く拾いながら、その中から中小建設業向け原価管理システム「原価監督」や「茶ばしら」から派生して商品化した「つうはん」など、常に独自商品をもつことを心掛けたのは、親会社時代に培った「商売に商品(ブランド)は不可欠」といった思いがあったからです。

その後も、苦労の連続ではありますが、常に「地域密着型」をめざし(というよりも、それしかできなかった、というのが本音)、エンドユーザーの数も増えてはおりますが、IT化の進展の中で、常に変化する技術対応と更なる業務支援委必要な業務知識などの習得など、少ないスタッフで対応するには困難を極めます。このような背景を受けて、組合の企業やパートナーとの連携を密にして、新たな時代に向けて対応を図っています。

時あたかも本年は、㈱富士フォーチュン設立20周年の年を迎え、中期計画を策定し、「地域の企業に対する『システム最適化』事業を通じて『外部CIO補佐』として、お客さま企業の事業をIT側面で支援する」とし、スローガンを「企業のITをグッドアシスト!」と定め、社員一丸となってこの課題に取り組むことを決意したところです。


お茶の名産地である特性を生かした「茶ばしらV」など地域に根差したパッケージソフトなどを開発されていますが、特徴や開発されたきっかけなどお教え頂けますか?

 
会社設立のきっかけのところでも述べましたように、弊社は地域のユーザー企業と深く関わって行くことを旨としていますので、設立当初から長いお付き合いをさせていただいているお客さまも多いのですが、それとともに生まれ育った土地ならではの「地縁」ということもありまして、青年会議所時代にお付き合いいただいた先輩の中に、お茶問屋さんもいらっしゃり、ある時声をかけていただいたのがご縁で、お茶問屋さんの仕組みから学んで、現在に至っています。

強いて特徴と言えば、「問屋制家内工業」とでもいうのでしょうか、地元の農家などから仕入れた「荒茶」という原料を「合組(ブレンド)」や「仕上げ」という工程を経て、仕向け先(小売り店)別の商品に仕立て上げるため、ある意味「生産管理」と「在庫管理」が一体となった、他とは似て非なる部分を有する工程のため、現在では、商品管理まで拡大して、OEM生産により資材管理など管理面でも複雑化しています。

また、食の安全のテーマにより、トレーサビリティの対応やより上流工程の生産管理(農業分野)にまで広がりつつあります。
 

SSAで組合の活動をはじめられたきっかけ、その後の活動において組合に所属されて良かったと思われる事等についてお教え下さい。

桜井テクニカルサービス時代は、ソフトウェア技術者がスピンオフして起業するケースが続出し、静岡でも少なからぬ若い経営者がソフトハウス(懐かしい言葉です!)の経営を始めており、そのような方たちから声がかかり、結果として県内のソフトハウス9社により、昭和59年(1984)年6月に静岡県ソフトウェア事業協同組合(SSA)の設立を見ました。
静岡県は東西に長い地域で、東・中・西部それぞれ産業構造も異なり、それに対応したソフトウェア開発需要も異なるため、結果として組合員分布は「東高西低」となり、それは、設立28年を迎え、本年ついに31社となった現在でも変わらない状況にあります。

設立当初のすべての経営者が30歳代という、「青年部いらず」の組合として、当時は若さを誇っていましたが、それも今は二代目が台頭する時代となり、改めて時の経過を思い知らされています。
当時は、経営に対する知識や経験のないことが共通課題であり、組合の定款に謳われている、「共同受注」や「受注の斡旋」については、とりあえず「神棚に上げた」状態で、それよりも熱心に取り組んだことは、新入社員や中堅社員の研修で、合同入社式と一泊研修なども、SSAの恒例行事として10年以上続きました。

今思えば、設立当初から万年副理事長を仰せつかり、中央会はじめ地元の諸機関や団体との面識も広げ、組合事業にも反映してきましたが、なんと言ってもエポックメイクの出来事は、私の友人を通じて紹介いただいた横尾さんや真杉さんから首都圏ソフトウェア協同組合(METSA)への参画に声をかけていただいたことです。

今は、SSAの他にもNPO静岡情報産業協会の理事などの役職もあって、毎月の定例会などにも参加が覚束ないため、残念ながら退会させていただきましたが、METSA加入がきっかけとなり、今あるJASPAの前身「全国ソフトウェア組合連合会(全ソ連)」にSSAも加入を許されたことでした。

以後、今日に至るまで、JASPAを通じて得た各地の同業各社の皆さまと、直接間接を問わず、広大なネットワークの構築ができたことは、SSAに加入していなければ実現できないことだと感謝しています。

現在SSAは30社を超す組合員数となり、クラウド化という大きな転換期を迎えた厳しい時代だからこそ「事業連携」の必要性を真摯に受け止め、委員会事業や県中小企業団体中央会との連携を通じてこの時代を生き残っていく算段を講じて行きたいと考えています。

また、かつては「SSAには青年部はいらない」と豪語した若い組合だったSSAも、今では60歳以上の経営者が大半という時代を迎え、後継者問題も各社の共通課題となりつつあります。
このように、互いに問題意識を共有し、連携する中で互いに切磋琢磨するSSAであり続けたいと思います。

今後のJASPAの活動に対する要望等、是非お教え願います。

SSAでは、長年にわたり石渡辰夫SSA理事にJASPAの中枢を担っていただき、このような関係の中で、いわゆる「中央」とのパイプを構築することにより、様々な専門家や経済産業省の方々との面識や施策などの情報も知ることができ、私たちの視野を大きく広げさせてもらっています。

これらをSSAに必ずしもうまくフィードバックし切れていないという反省もありますが、このようなネットワークがあるとないとでは大違いということが、いつの日か証明されることを期待しています。
また、JASPAの事務局長会議などに出席する機会を得た際には、時々お願いしていることですが、組合員全員に等しく情報が伝わるような、遠隔会議システムのような業界ならではの先進的なモデルを構築し、セミナーや研修なども受講できる環境づくりをお願いしたいと思います。

最後に御社についてそして、御社の開発されたソフトについて、PRを思いっきりお願いします。

冒頭で「茶ばしら」の紹介をさせていただきましたが、今ではバージョンアップを重ねて「茶ばしらV」に成長しています。どちらかというと、カスタマイズの「お化け」のような、パッケージとは言い難い商品ですが、これをクラウド化も見据えた「パッケージ商品」になるよう、設計段階から品質管理手法も見直し、一層の標準化を進めている最中です。この経験を踏まえ、他の自社商品である「つうはんV」や「原価監督V」なども同様の段階を経て、機能的な面も含めバージョンアップを施していく計画をしています。

また、これもまた冒頭に述べたように、お茶や通販システムの展開により、上流工程の農業分野との関わりもできつつあり、「6次産業」あるいは「農商工連携」といった分野で、これまで培った「商工」分野のノウハウを農業分野とリンクさせることを目指しています。
あわせて、多くの基幹システムを手掛けておりますが、お客様の企業全体の業務を把握し、きめ細かい提案やサポートができるよう、「企業のITをグッドアシスト!」できる「サービス商品」のラインナップ「ff Provision」を提案しています。

そして、始まったばかりのテーマではありますが、農地における消毒や施肥管理など、スマートフォンアプリの活用も視野に入っており、それ以外の業種や業務においても有効活用が期待できるアプリケーションのアイディアもあり、その方面の準備も怠りなく行っているところです。