米国IT企業全盛時代の転換点になるか?

投稿者:nakajima 投稿日時:金, 2018-04-06 02:11

 先日、高校の同級生で飲み会を開いた際、連絡手段にフェイスブックを使おうと提案があったところ、激しく抵抗した級友がいた。ITに疎いというわけではない。超一流化学会社で役員も務めたビジネスマンで、早くから電子メールを使いこなしていた。もちろん、社内は事務処理の電子化が進んでいることでも有名な企業である。役員定年退職後は会社のメールが使えなくなったので、級友との連絡は一時、混乱したが、地元のCATV会社が提供するメールサービスを利用していることが分かって、定期的な飲み会が復活した。
 フェイスブックを連絡手段にしようという提案は、海外生活が長かった大手建設会社のエンジニアだった別の級友からなされたものだが、「フェイスブックは気味が悪い」というのが提案に反対した級友の主張だった。彼も一時はフェイスブックのユーザーだった。しかし、あまりに個人生活を報告することに危険を感じて、使用を中止した、というのである。フェイスブックには仕事上のことは一切、記載しないが、仕事上の出張の際には、地方で目に触れた経験をつい、アップしてしまう。他の情報と突き合わせると企業の活動が推定されてしまうのではないか、と不安になった。
 それ自体は意味のない断片情報でも、「友達関係」にある多数の情報が集積し、AIなどを使ってプロファイリングが発達してくると、意味のある情報に組み立てられる危険はないのか。そもそも金儲けに成功したことが自慢の若い経営者たちに倫理観があるとは思えないので、少しでも情報を提供するのは「ご免だ」と最後は興奮気味である。
 しかし、ビッグデータ、AI、IoTの「デジタル3点セット」はすでに現代社会に定着したインフラだから、これを使わないと現代を生きてゆけないぜ、と周りの級友たちは彼を攻め立てた。
 そこに持ってきて、今回のフェイスブックの個人情報漏えい問題である。「胡散臭い」と言っていた彼の主張が丸ごと実証されたような形で、フェイスブックの愛好者のその他級友たちは一気に劣勢に立たされている。便利さと危険。どちらをとるかと言われれば、多少の危険はあっても便利さをとる。きっとITプラットフォームの提供事業者は危険のない安全処置をしてくれているだろうから、危険も最小化されているだろう、という希望的観測は足元が揺らいでいる。
 便利さと危険とのバランスに従来のような信頼がおけなくなったら、フェイスブックだけではない。個人データを集積していることで圧倒的に有利なビジネスを展開してきた米国のIT企業のビジネスモデルが転換点に近づいているのかもしれない。進展が急スピードだったので「リスク管理」まで手が届いていない、頭が回っていなかった、というのが実態だろう。「行け行けドンドン」の時代は終わるのか。これが致命的な欠点でないとは言えないような気がする。