インターネットの「夢の時代」の終焉

投稿者:nakajima 投稿日時:金, 2018-10-19 15:07

インターネットは「自由な空間」――そのスタート時に抱いた理想とは完全に変質してしまった。いや、もうだいぶ以前から変質しているよ、というのが正しい見方だとは思うが、筆者のような古くからのインターネット信奉者は、なかなか当初の「夢」を捨てきれなかった。しかし、転換の時代がすでに到来してしまったことを認めざるを得ない。
「データ流通で『貿易圏』 日米欧ルール作りで連携」。10月19日付の日本経済新聞一面トップ記事の大きな見出しである。これが「号砲」というのは遅すぎたかもしれない。
記事は、台頭する中国とのデータの「貿易圏」争いを意識したものだという。このまま日米欧が、もはや形骸化しとはいえ、かりにも「自由」の原則を続けていると(欧州は一般データ保護規制によって域外移転には強い規制をかけたばかりだが)、強い国家規制で支配する中国に世界中のデータを吸い取られ、一方、中国からはデータは出てこない、という「非対称」なサイバー世界が拡大してゆく。
データがさまざまな価値を生む「重要資源」であるとの認識が深まるにつれて、この「非対象」は国際競争力、企業競争力に致命的な差をつけるのではないかとの危惧を抱かさざるを得ない。しかも、自由な米国で傍若無人とも思える力ずくでのデータ収集によって飛躍的に成長した一部の巨大米企業が、中国に市場を拡大するというビジネス上の目的で、中国では「インターネットの不自由」を受け入れるという状況も生まれた。
この企業は、中国市場と日米欧では「データの保護」について基準を変えて、ダブルスタンダードに陥ったが意に介していない。ビジネスで「非対称」を認めただけではなく、思想の自由などの人権にまで事態は広がる。政治的な「非対称」も広がってゆく。インターネットの当初の価値観がもはや通じなくなったことを端的に示すものだと感じる。しかも「自由」の方が劣勢である。
平和な日本国内で生活していると、世界中が同じ価値観、同じ原理で動いていると錯覚してしまいがちだが、世界は各地、各国、各「貿易圏」ごとにまったく異なった原理原則で動いている。インターネットが普及し、デジタル革命が進行する中で、日本社会が大きく後退してしまった背景には、もしかすると、世界を動かしている原理原則との違いに気が付かない現実があるのかもしれない。
目を覚まして、もう一度、デジタル革命時代のビジネスのあり方を考え直す必要はないだろうか。かなり根の深いところから掘り返さなければならないかもしれないが。米国のIT巨大企業だけでなく、日本の情報産業もビジネスモデルが根本から覆る転換期に来ていることを自覚すべきだろう。