幹事組合インタビュー

会社を設立されたきっかけや現在に至るまでの苦労された点などをお教え下さい。

1981年頃、中小企業向けのシステムはオフコン+業務パッケージで、各社向けのカスタマイズはせず、既製品に合わせて使ってもらう時代でした。購入しても有効に使われていないコンピュータをずいぶんと見ました。
そんな頃、ホビー用と思われていたパソコンで漢字が使えてフロッピーディスクにデータ保存も出来る機種が発売されました。これで何が出来るだろう?とプログラミングの勉強を始めたところ・・・これだったら自分でもお客様が望むソフトが作れるのではないか!と 全くの素人が1982年に創業しました。
良いソフトを作れるようになるためには、「お客様よりも業務に詳しくなる」。その為には業種に特化すること。
そこで選んだのは、まず「タクシー業」でした。なぜか?「縁」です。
・素人目線で、誰でも操作出来るマニュアルを必要としないようなソフトを作ろう。
・パッケージではなく、お客様に合わせたオーダーシステムを提供するが、価格はパッケージ並みにする。

会社を設立されたきっかけや現在に至るまでの苦労された点などをお教え下さい。

弊社は、ドライブレコーダーなど車両搭載機器メーカーの株式会社ユピテルの関連会社です。
ユピテルのインターネット関連業務を強化する目的で2011年に設立されました。
当初はスタッフ2名からのスタートでしたが、徐々に業務範囲を広げ、現在では、ユピテルのインターネット関連業務のほぼ全てをカバーできる体制となりました。

貴社の特徴やサービスについてお教え頂けますか?

ユピテルの直営ECサイトを運営しており、サイトの制作だけでなく販促面においても様々なノウハウを蓄積しております。また、某メディア企業の新規事業に企画から参画し、ユニークなスマートフォンアプリ開発なども手掛けております。

静岡県ソフトウェア事業協同組合に加入されたきっかけ、また、同組合に期待することなどを教えてください。

開発プロジェクトを進めるにあたり、他社との協業を進めることが多く、その多くは東京に集中してしまっており、地元の企業及びエンジニアとの接点・交流を増やすことを期待して入会させて頂きました。

会社を設立されたきっかけや現在に至るまでの苦労された点などをお教え下さい。

「コー・ワークスって、一体なんの会社なんですか?」と、よくご質問をいただきます。
日本の某大手システム開発会社からスピンアウトした人たちが、なにか面白い仕事をしたい、
という想いで設立した会社です。

創業以来様々な仕事をしていく中で、色々な知識と経験を持った面白い人たちと出会いました。

いつしか一緒に仕事をするようになり、コー・ワークスという「入れ物」は、たくさんの面白い人たちがそれぞれの強みを活かし弱みを補完し合って仕事をする、そんな「場所」となっていきました。

コー・ワークスは、「ひとのちから」で様々なモノやコトをつくるそんな企業です。

貴社の特徴やサービスについてお教え頂けますか?

東北・宮城県仙台市から、日本全国、世界へ向けて事業を展開しています。

 ITコーディネート事業     :10名のITコーディネータを有しITコンサルティング
 パブリックソリューション事業  :日本全国数百か所のダム制御システムの開発・保守

会社を設立されたきっかけや現在に至るまでの苦労された点などをお教え下さい。

株式会社ステップは、移動通信ネットワークの可能性に着目した技術者グループによってスタートしました。1986年の設立以来、コンピュータネットワークや移動体通信の拡大に支えられ、順調に業務を拡大してまいりました。2012年には組込システム技術開発を別組織として立ち上げ、機能分担を行いました。 そして、2014年には間接業務のアウトソーシングを行い、ソフトウエア開発に集中した体制を構築し、現在に至っております。

貴社の特徴やサービスについてお教え頂けますか?

今日まで携帯端末/通信制御ソフトウエアなどの移動体通信のプログラム開発をコアビジネスとして実績を積み上げてきました。 そこで培われた技術・ノウハウをベースに業務用/Webシステム開発などの分野にも積極的に進出しています。

YRP情報産業協同組合に加入されたきっかけ、また、同組合に期待することなどを教えてください。

会社を設立されたきっかけや現在に至るまでの苦労された点などをお教え下さい。

前職は、外資系のOCRメーカーにて物流向け配送伝票のシステムやカード・信販会社向け
入会審査システムの営業をしていました。父が他界したことがきっかけで、実家のある静岡県富士市に戻りました。そこで、今までとは別世界の電気設備の営業を行うようになったのですが、IT系の事業をいつかやりたいとの思いから、HPを制作する仕事としてアイ・ブロードを立ち上げました。

貴社の特徴やサービスについてお教え頂けますか。

現在は物流系システムの受託開発と、システム系の派遣事業を行っています。
若手の採用に力を入れているので、毎年採用する様にしています。

静岡県ソフトウェア事業協同組合に加入されたきっかけ、また、同組合に期待することなどを教えてください。

「イトナブ」とは、どういう組織ですか。

イトナブとは「IT」×「遊ぶ」×「学ぶ」×「営む」×「イノベーション」の造語です。 石巻の次世代を担う若者を対象にソフトウェア開発やグラフィックデザインを学ぶ拠点と機会を提供し、石巻から世界に挑戦できる環境づくりをしています。

「イトナブ」のはじまりについて教えてください。

石巻は都市部に比べて仕事や学びの場が少なく、将来の選択肢が少ない街でした。その結果、若者が地元に残りたくても地元を離れざるをえない状況でした。その後、2011年3月11日。東日本大震災が起こり、多くの犠牲と被害がありました。多くの人からの支援があって、石巻は可能性あふれる新たな街へと進化し始めています。石巻の若者もこの進化と共に成長していけるように。石巻から世界へ挑戦できるように。2012年1月からイトナブは活動を開始しました。

「イトナブ」のこれまでについて教えてください。

イトナブはITという切り口で小学生から大学生を対象に、新しい世界に触れるきっかけを作ってきました。

会社の概要について教えて下さい。

当社は1970年(昭和45年)3月に設立し、2020年東京オリンピックの年に創立50周年を迎えます。
当社は4つの事業を柱に(クラウド事業、ERP事業、SI事業、システム運用事業)展開しております。
主に、ERP事業では、1999年にPeopleSoft(HCM)を社内に導入し、そこで習得したノウハウを活かし、ビジネスとして、人事、給与、会計のシステム導入~開発~運用・保守に数多く携わってきました。
クラウド事業では、2002年から時代を先取りして、Salesforceを活用した運用サービスを提供してまいりました。

JASPAに所属されて良かったと思われる事はどんなところですか?

情報産業業界において 中小零細企業の意見を国の政策機関等にしっかりと進言し、政策決定に大きく影響を及ぼす事が出来るのが、何よりの喜びであります。
国の政策決定に、大きく影響を与える事が我々業界の発展であり、企業の発展に繋がるものです。
これが何よりJASPAに参加させて頂いている事の重要性だと思います。

『期待したい事は』

会社を設立されたきっかけや現在に至るまでの苦労された点をお教え下さい。

 設立のきっかけは、テレビ放映された、障害児にオーダーメイドの自転車を作っている町工場の話です。
画面いっぱいにあふれる子供たちの笑顔を見て、
当時悲観的に思っていた「技術者としての満足、喜び」がキラメキに変わった瞬間でした。
 それから間もなく、「技術力で社会に貢献できる会社を作ろう」、
「技術者が真に技術力を発揮できる環境を作ろう」と、起業しました。

設立後、すぐにリーマンショック。
2年近くマトモに仕事もせず、毎日お昼は激安そうめんを食べ、精神力を鍛えました。(笑)

貴社の特徴やサービスについてお教え頂けますか?

 ソフトウェアの受託開発・技術者派遣を主な業務とし、
組込系から、金融、公共、業務系、ソリューション提供まで多岐に渡ります。
 当社は、「チャレンジ精神」に溢れる会社です。
新商品を考えるワイガヤ会議、それを具体化するワーキンググループ体制、
実現する為の教育研修支援、切磋琢磨する気持ちを養う外部コンテストへの参加等、
全てチャレンジに通じている活動を実践しています。

会社を設立されたきっかけや現在に至るまでの苦労された点をお教え下さい。

弊社は1991年に前社長が「社員みんなが楽しく働ける会社に」との思いで設立しました。私は学校卒業後、エレベーター会社に入社し2年間、全国でエレベーターの設置をしておりました。その後、IT業界に入り当時、部長だった前社長に「起業するから一緒にやろう」と声をかけられ半年遅れで入社しました。当時25歳の私はシステム開発の経験も少ない状態で大手生保会社の開発チームに常駐し、お客様の大規模なシステムを覚え、がむしゃらに仕事していたことを思い出します。色々と大変なことや苦労もありましたが、良い経験ができ、今に役立っていると思います。会社は社員25名程になり、組織力強化を計画していた2006年1月8日の会社設立の日に前社長が亡くなられ、私が40歳の時に社長を継ぐことになりました。本当に急なことだったので、社長業も何から手をつければ良いのか、その頃はまだお客様先で技術者30名程を管理していたので、これからどうしようか。と悩みました。

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