幹事組合インタビュー

会社を設立されたきっかけや現在に至るまでの苦労された点をお教え下さい。

私は元々大手のIT企業に就職し、製造装置、OS開発、銀行業務など、SEとして多くの企業様の開発導入支援をしていました。‘90年に会社の経営方針に納得できず、19年11ヶ月で20年勤続の割増退職金を捨てて独立しました。
経営とは何ぞや!も解らず手探りの日々でしたが、多くの後輩や仲間が駆けつけてくれ、彼等を幸せにしたい一心で仕事をしてきました。
一緒に組んだ先輩が数々の問題を起こした為、支店を独立し距離を置きましたが、その後も問題を起こし、解決の為に奔走した日々は本当に辛い物でした。ついには資本関係も解消し完全に独立したのが今の㈱CSIですが、‘97年頃から電子カルテの開発を進め、受託からの脱却を図りました。
2000年にVCの資本を入れ、開発を加速し上場を目指しましたが、2001年10月31日にマザーズに上場するまでの期間は、経験した者にしか解らない苦労の連続でした。約335万社ある企業の中で、上場企業が約3700社しか無いのは何故か?の理由が理解できた、素晴らしい経験でも有りました。

会社を設立されたきっかけや現在に至るまでの苦労された点をお教え下さい。

 当社は、川崎市に本社が有る株式会社ホンダヱンジニアリング(以降HE)の沖縄営業所所員が独立し、1997年4月21日に設立され、創業17年目に入りました。
独立の切っ掛けとなったのは、HE殿の親会社である株式会社本多通信工業殿の上場に際し沖縄営業所が閉鎖される可能性が出て来た為、当時の所員で相談し所長をしていた私を中心に13名で起業する事になりました。
 当時の私は、技術職の経験しか無かった為、経営について漫然とした不安を抱え悩んだのを覚えています。でも一緒に頑張ってきた同僚がバラバラなるのが忍びなく、また典型的なO型とウチナー気質の「なんくるないさー」(何とかなる)が備わっていたので、妻にも相談せず決断し、後日お叱りを受けしばらく険悪な時期がありました。
 当時一人で設立の手続きをし、銀行、司法書士事務所、法務局、社会保険事務所、ハローワーク、税務署、県税事務所、市役所等を要領を得ず何回も駆け回った記憶があります。
お陰で今まで知らなかった社会の仕組みみたいなものが見えとても勉強になりました。

静岡県ソフトウェア事業協同組合(SSA) 29期事業方針
方針テーマ: 「未来(あす)のSSAを見据えて」

 1984年6月に創立した我がSSAも来年度は創立30周年を迎えることになり、ここにきて組合員の数も増加傾向にありますが、組合員全員が30歳代で設立して以来30年が経過し世代交代も徐々に進み始めています。
 この間、組合の名称でもあります「ソフトウェア業」というジャンルから、IT業界という幅広い枠組みに移行しながら、常に激しい変化に晒されながらも右肩上がりの傾向を長く維持してきましたが、近年は業界に対する風当たりが急速に強まり、コストダウン要請が強まるとともに人材確保の面でも容易ならない状況にあることは周知のことであります。
 特にここ数年、クラウド化やビッグデータが喧伝される中、私たちとしても業態変化も視野に入れながら今後の事業の在り方を見直す時期が到来ことを互いに認識したいと思います。
 本年度、SSAは33社にまで発展・拡大しましたが、時代の変化に対応した事業及び組織体制の改革を推進する必要があるとの思いから、新たな時代に向けたSSAの基盤の再構築を進めつつ30期に備えることといたしました。

企業のセキュリティ管理において「真に守るべきデータの整理とアクセスの記録管理」を実現するためのソリューションとして「ALog ConVerter」や、未来型クラウドVPNサービス「Verona」を低価格で提供されていますが、貴社の特徴を含めサービスについてお教え頂けますか?


弊社の事業は、システム(ネットワーク)セキュリティシステムやアプリケーションプラットフォームを請負型で構築する「IT基盤ソリューション事業」と規定基準の遵守に対する監査業務を支援する、「監査ソリューション事業」の2本の柱となっています。

 はじめに、「Verona」ですが、「IT基盤ソリューション事業」で提供している、クラウド型インターネットVPNサービスです。
 一般のVPNサービスとは違い、SDNの機能をすでに搭載しており、新規を問わず、既存の物理ネットワークの上に論理的仮想のネットワークを自由に何層にも構成することで、インターネットの中にプライベートインターネット空間を瞬時に構築することが可能です。

会社を設立されたきっかけや現在に至るまでの苦労された点をお教えて下さい

わが社は、青森県内に40店舗を有する流通業の電算部門から、社内構築で培った流通業のノウハウを同業他社向けに提案をしたことをきっかけに、独立採算を目指し昭和62年5月に親会社からの分離独立をして今日に至っております。

発足当初は、IT業界での開発作業の受注の仕組みや、お取引先の開拓には正直苦労しました。近年ではIT化の技術進歩による、開発言語、開発環境の多様化に対応、適応するための人材の育成と、技術者の技術習得に追われています。人材の育成、技術者の育成はIT業界の永久的な課題と捉えております。


 

青森県(青森市・弘前市・八戸市)、宮城県仙台市にオフィスを開設し東北地域に根差したシステムインテグレーションサービス及びアウトソーシングサービス、CGコンテンツ・アニメーション企画・製作など幅広く展開されていますが、貴社の特徴やサービスについてお教え頂けますか?

技術者の採用拠点としての機能と、お取引先様とのご商談、タイムリ-な情報対応の営業拠点として開設し現在に至ります。
我が社の特徴としては、開発技術力を提供するという企業の立場から幅広い分野、業界に対応できる質の高い技術者集団であるという点でしょうか。

会社を設立されたきっかけや現在に至るまでの苦労された点をお教え下さい。

当社は1997年11月11日に会社を設立し今年で16年を迎えるに至りました。当社は「人」「チーム」「パートナー」を核とし、新しい情報化社会にふさわしい人材育成及び組織編成を目指しソフトウェア開発を通じ、地域社会に貢献するソフトハウスとして歩んでまいりました。


低価格でありながら、伝票印刷を効率的に行うための使いやすいデザイン、豊富な書式表現等、伝票印刷のさまざまな場面で利用可能な多くの機能を搭載「軟式伝票」が有名ですが、ソフトウェアだけでなく貴社の特徴やサービスについてお教え頂けますか?

会社を設立されたきっかけや現在に至るまでの苦労された点をお教え下さい。

当社は平成7年10月に大阪市中央区にて設立し18期を迎えました。これまで支えて頂きましたお客様をはじめ皆様には改めて御礼申し上げます。私は設立以前、運用から開発まで金融業界で技術者として携わっていました。平成元年から取締役営業本部長になり、提案型営業を中心に金融・流通・製造等、多業種のお客様からご支援を頂き、多様な業務のノウハウを頂いたと共にゲーム業界へ参画する機会を得て、創業することになりましたが、当初は全てが新しいことばかりでした。今日ではIT業界の変革の中、困窮しておりましたが、業務系・組込系・基盤系など活かしつつ新分野へのチャレンジを進めております。

貴社の特徴やサービスについてお教え頂けますか?

急速なコンピュータの普及とその応用技術の進化は、社会の様々な仕組みと暮らしを大きく変えようとしています。インターネット等ネットワーク技術の発展は、電子メールや電子マネー、ネットショップなどの進化をもたらし、経済や産業、文化のあり方まで含めた広範囲な分野でそれまでとは根幹から異なる新しい形を生み出しております。

チーム・ユニケという独特な経営手法を取り入れ調剤薬局向けのシステムを開発されていますが、その理念や会社を設立の経緯をお教え下さい。

ユニケは、現在4つの会社から構成されており、私どもはこれをチーム・ユニケと呼んでいます。この4社に共通しているのが“薬(クスリ)”に軸足を置いた事業を展開し相互に関連を持ちながらシナジーを増幅させようという経営戦略を取っています。 “クスリ”を、反対に読むと“リスク”となります。これがチーム・ユニケの商品やサービス開発のヒントです。この4社の中で開発のエンジン的役割を担うのが親会社ユニケSRです。

設立以来25年、特に苦労したという記憶はありません。 医薬分業の進展や高齢化による医療費抑制といった時代のニーズが幸運したのでしょう。敢えてあげるなら、経営理念や経営ビジョンを社内に浸透させることだったかもしれません。


システム開発のターゲットを調剤薬局に絞り多くの製品を提供されていますが、それらの特徴や業界ならではのお話を伺えますか?

会社の設立に至る経緯や現在に至るまでの苦労された点をお教え下さい。

1997年、諸事情で仕事を探していた時、周りの方々のおかげで某大手会社のPC総入替プロジェクトのPMを個人で請負うことになりました。

口座の問題や作業員への資金手当等の問題があるため、私の元上司が創業した株式会社ディジタル販売に所属し、作業メンバーを組織し全国の支店、工場での作業を実施いたしました。このプロジェクトが終わった後はどうしようかなと先が読めない状況で作業をしておりましたが、幸いにもお客様の信用をいただき継続して案件をいただき、その間に顧客と人材を少しずつ増やせ、経営の基盤を何とか作ることができ、2000年に分社し現在に至っております。

当初は小規模なインフラ系の設計から構築・運用・ヘルプデスク・機器販売、技術者派遣などを主な業務にしておりましたが、現在では中規模クラスの仮想化システム、シンクラ化等の設計構築案件を直接エンド顧客から請負える体制ができるようにまでなっております。また大手SIerの基盤関連部署にてPMOや上流工程担当SEが常駐し、高い評価を得ております。

会社を設立されたきっかけや現在に至るまでの苦労された点をお教え下さい。

我、日本SE(株)は、1980年1月の創業以来30年以上に亘り、独立系ソフトウェアーハウスとして歩んでまいりました。その間幾度となくIT業界は厳しい変化に見舞われましたが、その変化に柔軟に対応し、群社戦略によるグループ経営、戦略的集中経営など行い、果敢に変化しながら勝ち残ってまいりました。

直近で大きな変化としては、2005年4月、旧日本SE(株)、北海道SE(株)より営業権を譲授し、全業務と、全従業員を継承し、資本金を7億55百万円に増資し、新しい日本SE(株)としてスタートをした事です。
そして、2006年11月、大株主がDTS(東証1部上場企業)に変わり、DTSグループの1社としてスタートして現在に至ります。

コンテンツ配信