幹事組合インタビュー

会社の設立に至る経緯や現在に至るまでの苦労された点をお教え下さい。

1997年、諸事情で仕事を探していた時、周りの方々のおかげで某大手会社のPC総入替プロジェクトのPMを個人で請負うことになりました。

口座の問題や作業員への資金手当等の問題があるため、私の元上司が創業した株式会社ディジタル販売に所属し、作業メンバーを組織し全国の支店、工場での作業を実施いたしました。このプロジェクトが終わった後はどうしようかなと先が読めない状況で作業をしておりましたが、幸いにもお客様の信用をいただき継続して案件をいただき、その間に顧客と人材を少しずつ増やせ、経営の基盤を何とか作ることができ、2000年に分社し現在に至っております。

当初は小規模なインフラ系の設計から構築・運用・ヘルプデスク・機器販売、技術者派遣などを主な業務にしておりましたが、現在では中規模クラスの仮想化システム、シンクラ化等の設計構築案件を直接エンド顧客から請負える体制ができるようにまでなっております。また大手SIerの基盤関連部署にてPMOや上流工程担当SEが常駐し、高い評価を得ております。

会社を設立されたきっかけや現在に至るまでの苦労された点をお教え下さい。

我、日本SE(株)は、1980年1月の創業以来30年以上に亘り、独立系ソフトウェアーハウスとして歩んでまいりました。その間幾度となくIT業界は厳しい変化に見舞われましたが、その変化に柔軟に対応し、群社戦略によるグループ経営、戦略的集中経営など行い、果敢に変化しながら勝ち残ってまいりました。

直近で大きな変化としては、2005年4月、旧日本SE(株)、北海道SE(株)より営業権を譲授し、全業務と、全従業員を継承し、資本金を7億55百万円に増資し、新しい日本SE(株)としてスタートをした事です。
そして、2006年11月、大株主がDTS(東証1部上場企業)に変わり、DTSグループの1社としてスタートして現在に至ります。

会社を設立されたきっかけや現在に至るまでの苦労された点をお教え下さい。

弊社は昭和57年に前身の株式会社アイデーエスの弘前営業所として開設され26年間首都圏の仕事をメインに活動してまいりましたが、地元青森県内の仕事をメインにするために平成19年に株式会社テラソリューションとして分社独立致しました。

取引先を首都圏の顧客から県内の顧客にシフトするために開発言語や設備を変えるのが大変でしたが起業から今年10月で5年が経過して順調に推移しています。

起業の際には青森支部の皆様方には大変お世話になりました、この場を借りて改めて御礼申し上げます。

LED調光システム「OZUPLC」や顧客の話を聞きながらその場で建物概算見積が可能な「ホームエストone」など他社にないユニークな製品をお持ちですが、開発に至った経緯や特徴などを教えて頂けますか?

LED調光システムは株式会社ブルーマウステクノロジーでハードを開発しました、この会社の社長さんとは30年来の友人でソフトの開発を協力依頼され現在に至っております。

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